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2018年6月 4日 (月)

原宿とタヌキと当たり前のことと

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こんにちは。原宿陶画舎講座グループの江川です。

私が勤めている場所である原宿陶画舎は原宿のど真ん中にありますが、

一昨日夜、仕事を終えて外に出たら、タヌキがいました。

表参道を渡ろうとしてウロウロしている黒っぽい動物がいたので、
最初は一瞬ネコかと思いましたが、少し見ていると明らかに体の形が違う。しっぽも太い。
こちらに顔が向くと、両眼が青白くピカンと光っています。間違いなくタヌキです。
どこに行こうとしているのか、道路に出て、車が来ると植え込みに引っ込んだり、また渡ろうとしたり、を繰り返していて、
運転している人も動物が視界に入るともちろん急停止、ただ意外とゆったり歩いているので、
車も、行くべきなのか止まっていた方がいいのか、という感じで恐る恐る動いたり、
ちょっと見ているだけでもハラハラして、頼むから轢かれないでくれよ~(汗)と祈るばかりでした。
最後までは見届けずに無事であることを祈りながら明治神宮前駅へと下りました。

よく考えれてみればすぐ近くに明治神宮がありますから、タヌキがいても何の不思議もありませんが、
いざ原宿のど真ん中に出てこられると、そのアンバランスさがかなり異様です。
ですがまた後で考えてみると、宮島や奈良に鹿がいるのは普通の光景ですし、
原宿だって明治神宮の森と一緒のようなものだから、
このエリア一帯にタヌキが普通に出歩いていても、もしかしたらそれが〈当たり前〉になる時がくるかもしれない。原宿の観光の一つにされたりとか。
もしくは、タヌキもラッキーアイテムでもあるようなので、例えばタヌキが見られたら幸運がある、みたいな噂が広まって、
女子中学生のような方々が「わたし今日2タヌ♡」「え~!!うそ~やば~い!」などという会話がなされる日が来るかもしれない。
世の中いつ何が〈当たり前〉になるか分かりません。

〈当たり前〉と言えば、
私が担当しているクラスの生徒様であるKさんは、
先日ある窓口で自分の名前である「淳子」の漢字を説明しなければならない時があり、
「『桜田淳子』の『淳』です」と言ったのですが、若い方だったのか、ポカーンとされて通じず、
仕方なく「『稲川淳二』の『淳』です」と言ってようやく通じた、ということがあったそうです。
仕方がなかったとはいっても、もう少しいい説明はなかったのか、という思いがあるのはもちろんですが、
しかし私も桜田淳子は当たり前だと思っていたのに、今の人たちにはそうではないのだな、ということが軽いショックでした。

今の仕事をしてもう20年ぐらいですが、
そうなるとやはり〈当たり前〉の感覚が少し一般の方とずれてきてしまっている時があります。
例えば絵付けした作品は焼くのが〈当たり前〉、粉の絵具は何かの溶剤で練るのが〈当たり前〉、
と思い込んでしまっている時がありますが、
何も知らない方にとっては、もちろんどちらも当たり前ではないわけです。
焼くことも練ることも「知らなくて当たり前」です。
たまにお客様からのご相談などで、そういうことに気づかされたりすることもありますので、
最近は特に、〈当たり前〉の殻を捨てて、出来るだけお客さまの目で物事が見られるように、より気をつけています。

冒頭の写真ですが、これもスタッフがお客様目線で、電気炉の説明書が分かりづらいから改善したいとのことで、
いま説明書を作り直していて、私は、指示された場所にイラストを描く、という仕事なのですが、
「電気炉を本来の目的以外では使わないように」という文章があり、試しにこういったイラストを描いてみました、というものです。
電気炉は絵付けや陶芸に使うのが「当たり前」と我々は思ってしまいますが、
なかには、温度が上がるんだからパン焼くのに使ってもいいんじゃない?と思われる方がいらっしゃっても不思議ではないので、一応描いてみました。採用されるかはわかりませんが。
やはり食べ物を調理するという目的では作られていないので、そういった使用の仕方は避けていただいた方がいいでしょうね。

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